Mechanic’s Eye – Porsche 964 Carrera 2
片側だけ沈黙するウォッシャー
フロントフードを開けた先に広がるのは、30年以上前の設計が今も息づくメカニズム。
その中で、小さな沈黙が生まれていた。
左右で並んで空を切るはずのウォッシャーが、片側だけ言葉を失っている。
日常では見過ごされることもある、不器用な沈黙。
けれど、夜の雨や、突如訪れる泥はねの瞬間に、その声なき存在は大きな意味を持つ。
整備士の耳が聴くもの
症状は単純でも、原因は単純とは限らない。
ノズルの詰まりか、ホースの劣化か、分岐の劣化か。
見えない部分に忍び込む劣化は、964が生きてきた年月そのものでもある。
「ここだ」と確信できるまで、整備士は目と耳と指先を総動員する。
その作業は、ただの点検ではなく、車との対話に近い。
沈黙を破る瞬間
原因は、固く縮んだホースだった。
わずかなひび割れが圧を逃がし、片側を沈黙へと追いやっていたのだ。
新しいホースを通すと、かつての勢いを取り戻すかのように、力強く水が空を切った。
小さな修理。だが、その復活の瞬間に宿るのは確かな安堵だ。
見えないところに手を入れることで、オーナーが感じる「安心」が形になる。
古いポルシェと暮らすということは、ただ走りを楽しむだけではない。
小さな声を拾い上げ、沈黙を取り除き、再び語りかけてくるように蘇らせること。
「安心は見えないところに宿る」
その言葉が、この964のウォッシャーからも聞こえてくる。

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